野菜の花 (随想)

1年ほど前、書棚を整理していたら、1冊の色あせた紙ファイルが出てきました。 表紙には “野菜の花” と書かれています。 本をコピーしてファイル化したものではなく、野菜の花1:キュウリ、野菜の花2:トマト というように、1枚の紙に一つの作物に限定して、著者がその作物について随想風に書いているものです。 市民向けに作成されたシリーズものの啓発用パンフレットのような気がします。 作成された年代は昭和50年代前半で、今から35~40年前です。

著者は、 林繁という方です。 “野菜よもやま話” を著されています。もう既に亡くなられていて、私と21~22年、歳が違うので、もし生きていらしたら80代半ばになっていらっしゃると思います。  私が札幌市に入って、最初に勤務した場所が南区小金湯にある札幌市農業センターです。 現在は、平成28年4月にオープンする小金湯サクラの森公園になっています。 その当時、農業センターで野菜の主任をされていた方です。 この “野菜の花” シリーズの内容は、著者の農業に関わる幅広い知識と実務経験を活かして、キュウリ、トマトなど作物毎に、その来歴やその当時の野菜が置かれている状況、また、古い農学書などを引用して感想を述べるなど簡潔にまとめられたもので、面白い読物になっています。

札幌市農業センターは、昭和39年:1964年(東京オリンピックが開催された年)に開設されています。 当時、農業に関する試験研究は、国または都道府県の農業試験場で、米を主体とする基幹作物の試験研究がなされていました。

一方、日本は戦後の復興も終え、昭和35年(1960年)に池田勇人内閣が「所得倍増計画」を掲げてから(現在の中国のように)、日本人の食生活も豊かになってきて、野菜の食べ方もそれまでの漬物やおひたしから洋風の “サラダ” も食卓の1品としてお目見えするようになります。 野菜の需要が増えると、欧米から野菜の新種の導入や、その交配種が出てくるなど、「新しい作物をどのように栽培するとよいのか?」 「野菜の栽培にどの品種を使えばよいのか?」など、生産者の要望はもちろん時代の要請として、野菜や花卉の栽培方法等を試験する場所が必要になってきたのです。 先ほど述べたように、国や都道府県は国民を食べさせるために米などの基幹作物の試験研究が主要であったため、野菜などの作物はあまり?ほとんど?手がつけられていませんでした(北海道では)。 それで、全国的に都市部で市営の農業試験場;農業センターが生まれることになったのです。 札幌市農業センターも同様の背景で設立されたようです。

その当時(昭和40~50年代)は、農業生産者の年齢も今よりずっと若く、そして元気で、生産者の方が圃場で栽培している作物を見学する機会も多く、設立間もない歴史の浅い市立の農業センターであっても, 「野菜などの栽培試験に関しては国や道には負けない」という密かな自負のようなものがあって、職場の雰囲気は元気あふれるものがありました。 この、林繁さんが書かれた「野菜の花」は、農業に携わる方が新しいものを取り入れようと切磋琢磨した時代に書かれたものです。

このブログで、林さんの “野菜の花” を取り上げようと思ったきっかけは、自分も自宅で家庭菜園をやっていて、ブログにも時折その話題を取り上げてきていたので、野菜についても 「何か書きたいな」 とは思っていたのです。 そんな時に、このシリーズを見つけて読んでみると、その当時のことをなつかしく思い出したりして、「これは面白い、私にはとても書けない。 林さんの書き物を載せたい。」と思うようになったわけです。 林さんご自身は既に亡くなられており、また、この “野菜の花” シリーズ がどこで出されたのかも分らない状況で、当ブログに載せるのは著作権の問題があるかもしれませんが、そのような思いもあって、敢て取り上げさせてもらいました。 もし、この件に関してご存じの方がいらしたら連絡いただければありがたいです。よろしくお願いたします。

以上、上述したような経緯・背景はありますが、興味のある方は読んでいただければありがたいです。

<追記:2015.10.3>
先日、林繁さんの娘婿にあたる方に、私が “野菜の花” をブログに掲載している話をしたら、その方もそれを大事に保管していて、しかも、それがいつ、どこで出されたのかを知っていらっしゃいました。ここに書きとめておきます。
・掲載誌:北国の園芸
・発行所:㈱らいらっく書房(倒産、時期不明)
・期間 :1981年5月~1984年1月(本人の話によると、これ以降に記載があったかどうかは確認できないとのこと)

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