ソメイヨシノ 弘前公園(その2)

札幌のエゾヤマサクラの花はすっかり散って、我家のお隣さんのヤエザクラが満開です。 我が家周辺のサクランボやプラム、リンゴの花が満開です。
弘前公園の桜を見に行ってから約4週間弱が過ぎてしまいました。 サクラの話題を取り上げるには少し時期が遅くなってしましたが、今回のテーマは、
「弘前公園のソメイヨシノは、なぜ長寿なのか?」です。
ソメイヨシノの寿命(樹齢)は50~60年と言われています。 それなのに、なぜ弘前のサクラは長寿なのか、樹齢100年以上のソメイヨシノが400本以上も残っているのでしょうか?
  2018.4.24
写真(左)のソメイヨシノは、幹径40cm前後ある 主幹がバッサリ切断されています。
写真(右)は主幹が二つに分かれていて、その内の1本がバッサリと切断されています。
台風か雪の重みで折れたのか?、それとも病気によるものなのか?、その原因は分かりませんが、2本とも切断面周囲から太い枝が勢いよく伸びています。 写真左の切断面外周にはカルス(癒合組織)が形成されています。 そして、切断面は黒く、処置が施されています。 切断されてから何年も経っているのに、切断面に塗られている墨汁?の色が新しく見えます。 定期的に上塗りされているのでしょうか?

2018.4.24
このソメイヨシノも上述のものと同じように、勢いよく枝が伸びています。 おそらく、何年かに分けて太い枝を切断されたのではないでしょうか? 各々の切断面付近から太い枝が伸びてきています。

このように、弘前公園のサクラ(ソメイヨシノ)は太い幹枝が切断されてもその周辺から枯れてくるのではなく、反対に若い枝が伸びてくるのです。

私が住んでいる札幌では、サクラで主幹切断後にこのような勢いのある枝が伸びる樹姿はあまり、ほとんど見かけません。
「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」という諺がありますが、北海道でサクラに関して指導的立場にある樹木医の金田氏は、
「直径5cm以上の枝の切口はなかなか塞がりません。 その間にカビや虫に攻撃されます。 若木のうちに早めの枝抜き、枝切りを行いましょう。正しい位置の枝を切り、必ず保護剤トップジンMペーストを塗布することが大切です。
と言ってます。

では、なぜ弘前公園のサクラは、太い幹枝を切断してもその切断面から腐朽しないのでしょうか?、その切断面横から勢いのある若い枝が出てくるのでしょうか? そのようなサクラを育てることのできる管理とはどのようなものなのでしょうか?
それを知りたくて、弘前公園内にある緑の相談所と当公園を管理している弘前市に尋ねてみました。

1.サクラの種類と管理本数
【回答】弘前公園には52種約2,600本のサクラが植栽され管理しております

2.サクラの年間管理スケジュール
【回答】2~3月の剪定作業、6~7月の施肥・土壌改良工、薬剤散布(年間3~5回)

3.サクラの管理に要する人員
【回答】チーム桜守として樹木医の資格を持つもの3名と直営の作業員が44人おります。

4.年間施肥本数
【回答】約2,600本すべての桜に行っております。

5.具体的な施肥方法
【回答】平場は壺肥えをしております。樹木の周りを深さ10cm~15cm直径30㎝で1本当たりおよそ10~30か所掘り起し、有機入り普通化成肥料と固形肥料を施します。法面は打ち込み型の肥料グリーンパイルを数か所施します(お濠の急斜面など)。

6.剪定(基本的な考え方と方法及び雪と風の関係)
【回答】枯れ枝や混み枝等を除く造園の基本的な剪定法に加え、老化した枝等生きている部分を剪定し若い枝を育てる剪定法です。切り方はアメリカの植物学者アレックス・シャイゴの剪定理論を参考にしています。
雪の関係については、冬期間の雪の重みによる枝折れ防止対策として枝の雪下ろしを園内の主要なサクラに実施しております。
風の関係については、剪定をすることで枝を整え風を通すことで病虫害の軽減につながります。

7.弘前城のサクラとリンゴ農家の関係
【回答】当地はリンゴの生産日本一でリンゴ農家さんも多いです。昭和30年代からリンゴの栽培法を参考に桜の管理が始まりました。

8.弘前城のサクラと弘前大学の関係
【回答】弘前公園さくら研究・育成事業調査研究業務として委託しております。平成29年度はサクラの発芽促進と開花生理に関する研究の他、サクラのシダレ性や弘前公園のサクラの開花予測の指標にしているマルバマンサクの開花生理などについて行いました。その他サクラの着色機構についても研究していただいております。

以上の1~8をまとめると、
弘前公園にある2,600本のサクラを、3人の樹木医と作業員44名で、大学と連携しながら、リンゴの栽培法を参考に剪定・施肥・農薬散布など年間を通じて管理している、ということのようです。

弘前公園のサクラは毎年見事な花を咲かせる日本でも有数、いや、日本一サクラの名所と言われています。 それでは、なぜ、弘前公園のサクラ(ソメイヨシノ)が100年以上も長生きする弘前方式と呼ばれる管理が根付き、組織として確立することができたのでしょうか? このことを 1.リンゴ栽培とリンゴ農家(技術の継承)、2.津軽地方の地形と風、3.歴史・伝統 の3の観点から探ってみます。

1.リンゴ栽培とリンゴ農家(技術の継承)

弘前公園のサクラはリンゴの栽培方法を取り入れたと言われていますが、その経緯などをウェブペーンを調べていると、面白い記事を見つけました。 報道機関の記者が弘前公園を実際に管理している人にインタビューする記事です。

質問:桜はいつから定期的に剪定されているのですか?
回答:桜は明治時代からありましたが、特に手入れはしておらず枯れ枝のみ剪定していました。昭和30年代に当時の公園管理事務所長がいつも通り枯れ枝の剪定指示をしたら、職員の方が間違えて枝ではなく幹を切ってしまった!のです。当時えらく怒られたのですが、その切ってしまった方の実家がリンゴ農家で、リンゴを剪定して管理されていたノウハウもあり、桜も同じようにすれば大丈夫だろうと。

そのまま、その切ってしまった桜の様子を見ていたのですが、次の年花が終わった後、幹を剪定したところから、新しい枝がどんどん出てきて元気な枝が出てきたのでそれを間引いたり、いい枝を残して大きくしていたら花を沢山つけるようになったんです。

実は一番大事なのは剪定じゃなくて肥料なんです。肥料をあげて木を元気にしてやることで剪定しても元気な枝を出すようになるんです。

肥料をあげる時期は昔は花が終わった後の「お礼肥」と「寒肥」の2回でしたが現在は「お礼肥」のみで行っています。

ここで重要なのは、枝ではなく幹を切った人がリンゴ農家の方と言うことです。
リンゴを生産するためには、2月末頃?から剪定を行い、春先の施肥、開花期の受粉作業、袋掛け、年間を通じて10~13回、平均2回/月の農薬散布などなど、春先から晩秋まで約半年間に様々な作業が続きます。 その間には台風などの強風に襲われることもあり、傷のない売れるリンゴを生産するのは大変手間暇のかかる作業で、リンゴの花(サクラの花)を咲かせることは、立派なリンゴを作ることに比べたらほんの序の口、仕事の始まりに過ぎないのです。

このようにリンゴ栽培の経験のある人に、
「リンゴの剪定はこのようにしている」と言われたら、
リンゴとサクラは同じバラ科で同じような花が咲く木であるので、
公園の樹木管理責任者でも、そのことを完全に否定はできないものです。 それなら様子を見ようということになります。
しかし、1本の剪定の間違いがその後、2600本全てのサクラに新しい剪定方法と施肥をするようになるには、それなりの背景と理由が必要です。 ある組織が管理方法を確立し、それを継続するには人と予算、技術の継承が必要です。

弘前市とその周辺には、リンゴの剪定とはどんなものか?とか、薬を必ずかける必要があり、いつの時期にどんな作業をするのかなど、リンゴ栽培とはどんなものか?ということをおおよそ理解できる人、リンゴ栽培をしている農家の方はもちろん、その関係者が多くいて、弘前市がそれらの人々を採用しサクラの管理をしてもらえれば、市の管理担当者が技術的に事細かく指導しなくてもサクラの管理がスムーズに出来たことは容易に推察できます。 また、実際に作業する人の入れ替わりにより技術の継承が困難になることの可能性も低くなります。 弘前市は、公園樹木の剪定技術者ではなく、作業員でありながらリンゴ=サクラの管理スペシャリスト,実務専門家を比較的容易に、しかも継続的に雇い入れることができたと推察できます。

リンゴには腐らん病(Valsa ceratosperma)という病気、胴枯病があります。 この胴枯病が幹の全周を巻くと、そのリンゴは伐採しなければなりません。 この病気が青森のリンゴ地帯に明治・大正時代に蔓延したそうです。 リンゴ生産者にとっては自分たちの生活を脅かす恐ろしい病気です。 おそらく、農家の方は春先の剪定などリンゴの幹枝を見るときには、この病気が付いていないかいつも見る習慣がついていたのではないでしょうか。

一方、サクラは、てんぐす病、こぶ病、胴枯病などの病気にかかり易い樹で、病気の百貨店と言われています。 特に胴枯病(Valsa ambiens)は深刻で、「北海道 樹木の病気・虫害・獣害」に以下のように書かれています

太い枝や幹が侵される。病斑部は少しくぼみ、しばしばヤニの滲出が見られる。 やがて病斑部には多くの小さな隆起が形成され、のちに小隆起部分の樹皮は横に裂け、病原菌の菌体の一部(分生子殻、のちに子のう殻)が現れる。 病斑が枝や幹を一周すると、巻き枯らし状態になって上部が枯れる。 初夏、枝幹の途中から先の葉がすべて褐変萎凋している場合は本病の可能性が高い。
本病は、北海道のサクラの枯損の主要原因になっている。 被害軽減には、病斑や枯死枝などをこまめに除去して焼却し、切口にチオファネートメチルペースト剤などの殺菌剤を塗布する。 エゾヤマザクラ、チシマザクラ ソメイヨシノなどの多くのサクラ類に発生する。

とあるように、サクラにもリンゴと同じように深刻な病気(胴枯病)が存在します。 ということは、弘前公園のサクラを管理する作業員の方=リンゴ農家の方かその関係者の方は、基本的に胴枯病を見る目を持っており、しかもその病気の恐ろしさも知っているので、リンゴ同様に当然にサクラについても見つけ次第こまめに除去・焼却処分をし、その病気を削り取った傷口には適切な処置(腐らん病で養った技術を参考にして)を施したのではないでしょうか? 適切な剪定・農薬散布・施肥はもちろんですが、普通の公園などではほとんどなされていない、この胴枯病対策、リンゴ生産者にとっては当たり前の作業が弘前のソメイヨイノの寿命を長くすることのできている一つでしかも大きな要因と考えられます。

2.津軽地方の地形と風

北海道の新ひだか町(静内)に「日本さくら名所100選」に選ばれている二十間道路桜並木があります。 昨年9月に樹木医の研修会で30年ぶりに行ってきたのですが、そのとき、そこのエゾヤマザクラを見て感じたのは、樹木の大きさが札幌のものに比べて一回り大きいのです。 樹高が15m以上あるような樹が並んでいるのです。 桜並木の両外側には針葉樹が植えられているので、これが風除けになって枝折れなどを防いでいるのだろうと推測しました。
札幌市内のサクラを見ていると、地域によって風がサクラの成長に大きく影響していることを実感しているので、弘前公園内にある緑の相談所に行って、この件について尋ねてみました。
「風による幹枝の損傷よりも、この地方の重い雪による枝折れの方が重大で、毎年その対策はしております。 台風のときなど他のところで強風が吹いたと言われているのに、ここはそれほどでもない。 岩木山が影響しているのかもしれません。」
という内容のことを述べてくださいました。
それで気象庁のホームページで調べてみると、 弘前の過去30年間の年間平均風速は1.7m/sで、青森市3.7m/s、ちなみに、二十間道路桜並木のある静内は1.9s/mで、札幌は青森と同じ3.7s/mでした。
弘前の南に白神山地、北西には岩木山が位置しているため、夏の台風やシベリアから吹き込む冬の北風もこれらの山の存在によって和らげられているのでしょうか。
強風による太い幹枝の折損は、上述の樹木医 金田氏が述べているように、その傷口はカビや細菌、害虫の攻撃の的となります。 それが原因で樹勢の衰退を招き、その後枯死か鑑賞に値しない樹形になって伐採の道を辿ることになります。
この強風による樹木の衰退、逆に言うと、弘前の風の弱いことがソメイヨシノの長く生き残れている(樹齢を長くしている)大きな要因の一つではないかと考えています。

3.歴史と伝統

ウェブページを調べると、弘前城には明治初期から多数のサクラが植樹されてきているようです。 1882年(今から136年前)に旧藩士で青森のリンゴの開祖と言われる菊池楯衛が1,000本のソメイヨシノの植樹を行っています。 その後も旧藩士や一般市民から多数のサクラが植樹されたり寄付が行われて現在に至っているようです。
また、弘前城は、文化財保護法が制定された1950年に国の史跡(重要文化財)に指定されています。
このように弘前城のある弘前公園は、弘前市民にとって郷里の先輩たちが植えてくれた守り育てなければならないサクラのある重要な遺産?資産?であるのです。
上述したように、サクラの維持管理(弘前方式)を継続させるには、人と予算が必要です。 その意味で、弘前市の公園管理者がサクラを守り育てる目的で予算を獲得すること、そのための合意を市民や市の内部組織から得ることは困難であっても比較的理解が得やすかったのではないでしょうか。

以上、「なぜ弘前公園のソメイヨシノは長寿なのか?」について、1.リンゴ農家とリンゴ栽培、2.津軽地方の地形と風、3.歴史と伝統 の3点から想像と推測で私なりに考えてみました。
弘前のサクラを見るのは初めてで、しかも、弘前のこと、弘前のサクラのことは何も知らないのに 、おこがましくも書いてしましました。
ここが違っている、あそこが間違っている などご指摘があればご意見ください。

今度弘前へ行くときは、青空に映えるサクラとお濠の水面を埋め尽くす花びら、「花筏」を見たいと思っています。

ソメイヨシノ 弘前公園(その2)」への2件のフィードバック

  1. いつも更新楽しみにしています。
    サクラの病気についての記事とても興味深いです。
    大変参考になりました。
    ありがとうございます。

    • コメントありがとうございます。
      想像と推測で書いているので、
      とりあえず、こんな考え方もあるのだ というくらいで
      読んでいただければありがたいです。

      今後とも、当ブログに立ち寄ってください。

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