プラタナス:炭疽病(その1)

 今から7年前の平成18年(2006年)、札幌を含めた道央圏でプラタナス炭疽病(たんそびょう)が発生しました。 炭疽病というと、赤いトマトの表面にできた丸くて黒い病斑を思い浮かべますが、この炭疽病はカビの仲間で、野菜や草花などのあらゆる植物に発生します。植物にとって普通にかかる病気(菌類)のようです。しかし、プラタナス炭疽病は札幌では今まで一度も発生が確認されていない病気でした。札幌には約10,000本弱のプラタナスの街路樹と多くの公園樹があります。その年(平成18年)の7月は、ほとんど葉がないプラタナスの樹が多く見られました。プラタナス炭疽病が大発生したのです。
以下のレポートはある会員誌に寄稿したものをブログ用に編集しなおしたものです。少々長めになっていますので2回に分けて掲載します。関心のある方、読んでいただければありがたいです。
タイトル:プラタナス炭疽(たんそ)病の発生から6年余、その後に思うこと
1. プラタナス炭疽病の発生
平成18年6月下旬。市内のプラタナスがおかしいと区の公園・街路樹を担当者する職員の間で話題になりました。外来種のプラタナスは、元々芽出しが遅く、特に剪定された街路樹の場合、例年5月下旬から6月上旬になってやっと芽を吹きだす樹が多いのですが、平成18年は、6月下旬になっても殆んど葉のないものや、また、葉はあっても非常に少ないものが目立ちました。7月上旬時点での症状は、主葉脈とその周辺が不整形に褐変している葉と葉柄基部が黒褐変して落葉するものが多数見受けられました。
1-093 プラタナス 5丁目線(赤字)
札幌では、街路樹のプラタナスを剪定すると芽出しは5月下旬~6月上旬になります。新緑が樹木を覆うのは6月下旬です。
1-092 プラタナス 炭疽病(文字)
上下の写真は、プラタナス炭疽病が発生した平成18年(2006年)当時のものがなかったため、昨年の平成24年6月に撮った写真を掲載しています。同じ病気ですので症状は当時と全く同じです。
1-091 プラタナス 炭疽病(文字)
葉のほとんどの部分はなんの異常もありませんが、主葉脈の一部が褐変しています。この写真では見えませんが、葉柄基部が黒く褐変して、この状態で、落葉します。
街路樹の出葉状況でみると、中央区、厚別区、清田区などで被害が大きく、西区、手稲区、南区で少ないものの、市内10区で一様に被害が出ていました。公園樹は、調査を行っていないために各区の状況は不明です。中央区の中心部を観察しましたが、個人的見解として、場所による被害よりも、街路樹・公園樹共に、殆んど葉のない樹の隣に通常年より幾分葉の少ないプラタナスもあったりと、個々の樹木による個体差の方が大きいイメージを持っています。
下の3枚の写真は、平成18年(2006年)プラタナス炭疽病が大発生した年に撮っています。公園樹より街路樹のほうが被害が大きかったように思います。
厚別区
グランドホテル
永山記念公園
同じプラタナスでも、個々の樹木によって被害の程度が全く異なります。
1-2.北海道林業試験場の見解
7月上旬に北海道林業試験場に中央区桑園で採取した資料を持ち込んで調べていただきました。試験場の見解は以下のとおりです。
■症状及び特性:葉の一部に不整形の水浸状褐変が生じ、葉脈に沿って滲むように拡大する。褐変が進行した病葉は萎縮、乾枯してしばらく樹上にとどまったのち落葉する。新梢に形成された病斑が枝を一周したときは、そこから先の枝葉が萎凋枯死する。
■原因:プラタナス炭疽病(病原菌:Discula platani)は開葉後2週間の平均気温が12~13℃以下の時に新梢の枯れが激しくなる。平成18年5月下旬~6月中旬の気温は10~15℃の日が多く、病原菌が発生するのに適した日が多かったことが原因と考えられる。
■事例:日本においては大正時代に記録があるのみ。3年前に函館で発生確認。欧米では
普通に見られる病気
■対策:防除効果が低いため農薬散布は行わない。夏期剪定は行わず、定期的観察を継続する。枯枝と落葉は除去することが望ましい → 病葉の除去を兼ねて落葉前に枯枝除去剪定の実施する
以上が試験場の見解ですが、その後の8月以降の経過を見ても、葉量は通常年に比べて数分の1程度と少ないものが多く見受けられました。個々の樹木を見ると、全く葉をつけてないもの、通常年よりも劣るが葉は十分に出葉しているものなど、個体差があることがはっきりしてきました。
1-3.札幌市公園緑化協会 荒川氏のレポート
この件にして、札幌市公園緑化協会の荒川氏が「2006年6月プラタナス新梢枯死について」と題するレポート(2006.7.18)を作成しています。内容は①経緯、②市内各区での被害の広がり状況、③被害の症状、④要因 に分けて考察しています。④の要因では芽出し時期と前年秋期(落葉期)を温度の面から分析・考察しています。まとめとして以下のように述べています。 昨年秋(平成17年)の気候不順により十分な抵抗性を獲得できなかったプラタナスの枝条が、芽だし前の高温で早い出芽を促され、プラタナス炭疽病発生の好条件である本年(平成18年)の出芽後の低温により、同病が発生し、雨を伴う強風によって感染が広がったものと考えられる。
2 その後のプラタナス
以上炭疽病が発生した平成18年の状況です。その後各区では街路樹を中心に罹病した枝の剪定を行い、それらを焼却処分しています。しかし、炭疽病はその翌年以降も発生しています。被害の程度は平成18年に比べるとその大きさは小さいものの、街路樹、公園樹共に毎年発生しています。公園樹では段々と被害は目立たなくなっていますが、街路樹では枯死する株が出てきています。全市的な状況は分かりませんが、南区内では、国道453号線の街路樹の中には、前年度に出た枝が枯れあがって、枝の基部から出葉しているものや、完全に枯死しているものなど、明らかに炭疽病による被害木と認められるものが多数見受けられます。(平成24年夏現在)。
下の写真3枚は炭疽病が発生してから約6年弱過ぎた平成24年夏に撮影しています。プラタナスが枯死している路線がある一方、全くその当時の被害を感じさせない街路樹路線もあります。
1-016 プラタナス 国道453(赤字)
1-035 プラタナス 柏ヶ丘(赤字)
1-082 プラタナス 南23条(文字)
炭疽病が発生してから6年余が過ぎて、
① 平成18年(2006年)になぜ、突然炭疽病が大発生したのか?
② 今後も平成18年(2006年)のような炭疽病が大発生するのか?
の2点について、炭疽病の発生に一番大きな要因と思われる“温度=低温”を中心に、①についてはその背景(要因):札幌市の街路樹や公園樹の管理が炭疽病にどのような影響を及ぼしたのか という観点から、②については現在のプラタナスの状況から今後の大発生の可能性について考えてみたいと思います。
2-① なぜ、平成18年に炭疽病が大発生したのか?
別表1は平成3~24年(1991~2012年)の22年間の5月20日~6月10日の出葉期の日平均気温(札幌管区気象台)を一覧にしたもので淡い塗りつぶしは、日平均気温が13度以下になった日です。下段の各旬別の平均気温では、黄色の塗りつぶしは13℃以下、淡い塗りつぶしが14℃以下です。道の林業試験場が指摘する「開葉後2週間の平均気温が12~13℃以下の時に新梢の枯れが激しくなる」を基準にしてこの表を見ると、平成18年(2006年)の開葉期の温度が特別に低い年ではなく、全ての年度で日平均気温が13℃以下の日が見られることです。特に、平成9年は平成18年より1℃も低くなっています。
1-002(赤字)
この表から22年間全体を通して、プラタナスの展葉が一番確率の高いと思われる5月26日から6月5日を見ても、日平均気温が13℃以下の日が2日以上連続した日のある年は22年間で12回もあり、2年に1度以上の確立です。これらのことから、札幌の平成18年5月下旬~6月上旬の気象(気温)は例年に比較して特に異常ではなかったように思えます。それではなぜ平成18年に、7月になっても葉っぱのないプラタナスが出現したのでしょうか?なぜプラタナス炭疽病が大発生したのでしょうか?
プラタナスは外来種で明治の末期に日本に移入されています。札幌の街路樹では昭和12年(1936年)に西5丁目線に植えられたのが最も古いものとされていますが、現在公園や街路樹で見るプラタナスの殆んどは昭和40年代以降、それも札幌冬季オリンピック(昭和47年)前後から植えられたものが多く、樹齢は50~55年程度と考えられ、人間でいえば青年期から壮年期で、樹勢の旺盛な時期と思います。
しかし、街路樹は植栽後10年を過ぎると建築限界や建物・電線等に制限されて樹形(樹高や葉張り)もほぼ決まり、毎年剪定されるようになります。現在では年1回の剪定が主流ですが、以前は年2回剪定が行われていました。札幌では短い夏の間に栄養分を取得しなければならない7~8月に、台風対策を主眼として街路樹は毎年剪定され、冬期は道路の除排雪作業時に街路樹に傷をつける場合もあります。交通量の多い道路では車の排気ガスによる影響も受けます。このような環境下では、いくら元気のいい青年期のプラタナスでも体力を充実させることはできず、毎年表面上では成長しますが、その細胞組織の充実度(健康度)は、人間の病気に例えれば糖尿病のような慢性病に罹っている状態ではないでしょうか。一方、公園樹は生育空間が十分にあるため枝葉を伸ばして健康度の高い樹木に成長しますが、無剪定では、樹冠の中枝は日照不足により枯死したり、公園の利用者による踏圧などで土壌の硬化が根の生育に悪い影響を与えます。また、住宅が隣接するような所では旺盛な成長のため、日陰や落葉への苦情が絶えないため、1~3年毎の剪定が行われるケースも多くあります。このように、街路樹プラタナスは植栽後40年を過ぎると樹勢も衰え始め、また、元気そうに見える公園樹も我々が思っているほど元気ではないのかもしれません。
通常、樹木の傷等から病原菌が侵入しても細胞の防御組織が働き、簡単には病気に罹らないと言われています。しかしながら平成18年の5~6月の低温時には、街路樹では炭疽菌が除雪作業により傷つけられた傷口や毎年剪定される剪定痕から、公園樹では剪定やいたずらによる傷ついた枝から侵入し、防御組織の衰えた細胞に難なく侵入・蔓延できたと考えられます。
別表のように、平成9年(1997年)は、芽出し時期の期間中ずぅーと温度が低い日が続き、平成18年に比べると平均で1℃近く低くなっており、炭疽病が発生するのに最適と思われる気温が続いたにも関わらず、炭疽病が発生していません。(もしかして発生していたのかもしれません。ただ、症状が軽度であったため我々が気づかなかっただけかもしれません。)
私は樹木のカビや病気については専門家ではありませんし、まして、炭疽病について深く調べたわけでもありませんが、その当時、ほかの多くの人よりプラタナスの炭疽病を見ており、その後もこの病気が気になり、ときたま公園樹や街路樹を見上げたりして炭疽病についての関心を持ち続けてきました。そのような中で思い浮かんだのが以下の考えです。 第2話へ(5月1日)

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