樹まぐれ日記

四季折々に変化する樹木など植物を観察して樹まぐれに日記を書いています。

ダイコン

宗次郎に
おかねが泣きて口説き居り
大根の花白きゆうぐれに   啄木

貧しい農村の哀愁を歌ったものでしょうか
1~2年草本で花茎は60~100cmくらい、長だ円形のがく片と、卵形の花弁がそれぞれ4枚の、典型的なアブラナ科(十字科)の花です。花色は白、まれに黄色や紫混じりのものもあります。
2023.7.3
写真は、5月上旬にタネをまいて夏に食べようと思ったのですが、7月に花が咲いてしまいました。
ダイコンは、種子が吸水して活動を始めた時点から低温に反応し、花芽分化を始めます。その誘因となる低温範囲は-1℃~13℃の範囲で感応し、特に5~7℃は最も敏感なのだそうです。 ちなみに、札幌の5月上旬の最低気温(過去30年間の平均)は7℃前後です。なので、5月上旬にタネをまくと、その後抽苔・開花する可能性が高いです。
春にタネをまいて夏にたべようと思うなら、は種時期は5月中旬以降です。

原産地には諸説がありますが、ダイコン属の野生種は地中海沿岸に多く、栽培の起源はエジプトと言われています。学者の考証によると、シルクロードを経て中国には2000年前、わが国には1200年前に渡来したとされ、かなり古い時代に分布を完了したことから、形態の変化が非常に大きい作物です。

<世界一のダイコン国日本」
古くは於朋禰(おほね)、須々志呂(すずしろ)などとも呼ばれ、これほど四季を通じて米食と密着した野菜は数多くありません。獅子文六は『食味歳時記』に、
「大根なんて、明日から無くなってもいいという、若い人は多いだろうが、・・・・・・大根ほど、日本的な味わいを持っている野菜は、少ないのである。そして日本ほど、大根の食べ方の研究が、進んでいる国もないのである。」
と書いています。明治38年に農林統計が始まって以来、常に作付面積の王座を譲らないのがダイコン。汁の実、煮食はいうに及ばす、おろし、なます、切り干し、そしておでんには欠かせないもの。漬物には万能選手。なかでも有名なのはたくあん漬けで、臨済宗の高僧沢庵が始祖として知られていますが定かではなく、 “蓄え漬け” が転じたものとも言われています。

<ダイコン仲間の変わりたね>
変異が起きやすく風土によく馴染むもので、特色のある地方種がたくさんできました。三浦、練馬、聖護院、阿波、美濃など、地方に由来するものだけでも枚挙にいとまないほどです。
世界でも、一番長いといわれる守口大根は、長さが120cmに及ぶものがあるそうで、長良川や木曽川の流域に堆積された肥沃な砂質地に限られて生産されています。直径3~4cmで細く、辛味が強いことから生食には不向きで、もっぱら守口漬けとして愛好され、土産品として有名です。
世界一ジャンボなのは桜島大根。40kを超えるものがあって、一番小さな二十日大根に比べると300~400倍あるという代物。生育期間も長く、6~8か月もかかるそうです。冬暖かく、噴火で堆積した軟石層という環境でよく肥大します。

<冬きたりなば漬物で>
かつて、札幌では新琴似がダイコンの名産地。霜置くころ、ダイコンを満載した馬車が街を往来した風景は、昭和30年代まで見られた、冬近い北の街の風物詩でもありました。そして、葉も干したり漬けたりして、厳しい冬の生活に懸命に備えたものです。
2018.11.3
現在は、このようにダイコンを干している風景は全くと言っていいほど見かけなくなってしまいました。平成の初め頃までは時折見かけたのですが・・・・・。

世は移り食生活も変わりました。そして今、日本は戦後最大で最長の不景気を迎えています。冬の食生活、昔の人の方が賢かったような気がしますね。
※札幌市農業センター  林 繁
※札幌市農業センター(昭和41年<1966年>)開設、平成6年<1994年>閉設)は、その後、小金湯さくらの森公園に生まれ変わっています。

追記
10月末になると、漬物用の大根が店頭に並びます。平成の初めごろ?までは、店先に山積みされた大根は厳しい冬に備える象徴のようなものでした。今ではビニール袋に入って控えめに売られているのが現状です。家族構成や生活様式の変化する中で、漬物を自宅で漬ける家庭が確実に減ってしまったのです。

 

 

ダイコン  とう立ち

ニンニクを今日(7月2日)収穫したので、隣家におすそわけしました。 そのときに、隣家の主人が、
「ダイコンに花が咲いてね。 これ食べられる?」
と聞くので、
「花が咲いたダイコンは筋が入って硬くなり、美味しくないですよ」
「やっぱりね」
「いつ、タネをまきました?」
「5月8日」
「ダイコンは春早めにタネをまくと、これが出ることがあるんですよ。今年は3~4月は暖かかったのですが、5月中下旬~6月にかけて気温の低い不順な天候の日が多かったので、おそらく、それが原因ですよ」
2023.7.2
写真のダイコンの葉の真ん中から茎がすっーと立ち上がって、その先に白い花が咲いています。 これが※「とう立ち」です。

※とう立ち;通常花を咲かせない葉菜類・根菜類では、開花することを「とう立ち(抽苔)」と言い、その過程で起きる「花芽分化」もセットで含まれています。そのため、花芽分化 = とう立ち と解釈してしまいますが、それぞれ具体的には次の現象のことを指します。
花芽分化とは、植物が栄養成長から生殖成長へ移行する初期段階として、茎頂部でそれまで葉や茎を分化していた部分が、花に分化する現象。
とう立ち(抽苔)とは、栄養成長時には節間が詰まった状態で、葉の展開を続ける植物の短い茎が、花芽分化に伴って急速に伸長する現象。
とう立ちの原因は野菜によってさまざまで、温度の高低や日長の長短が影響してスイッチが入ります。(やまむファームより)
今回のダイコンのとう立ちの原因はタネまき後の低温です。 2023.7.2
ダイコンの花。 アブラナ科特有の4枚の花弁と、花が十字に咲くので十字架植物とも言います。 アブラナ科野菜はダイコンの他に、キャベツ、ハクサイ、ミズナ(京菜)、コマツナ、カブ、ブロッコリー、カリフラワー、チンゲンサイ、ターサイ、ナバナ(菜の花)、クレソンと思いのほか多いです。

<ダイコンのとう立ち>
ダイコンのトウ立ちは、種子が吸水し動き始めた時から低温に感応し、一定期間低温が続くと花茎が伸び出す現象のことですが、一定期間の低温とは一般的に12℃以下を指し、特に敏感なのは5~7℃と言われています。
今回、隣家人は5月8日にタネをまいたと言ってましたが、平均気温(2023.5)(クリックするとグラフが出る)を見ると、5月6日~13日までは平年の気温よりぐっと低い日が多く、これが今回のとう立ちに影響したように思われます。
我家は札幌の郊外にあるので、札幌の中心部より気温が2度くらい低めです。5月上旬には最低気温が5~7℃になる日はよくあるので、この時期にダイコンのタネをまくと、この現象がしばしば現れます。

下の写真は、5月12日にタネをまいたチンゲンサイです。 2023.7.3
15~17株が大きくなったのですが、その内の1株に花が咲きました。

2023.7.3
アブラナ科野菜の特徴である4枚の花弁で十字に咲いています。
もしかして、5月8日前後にタネをまいたら、全株に花が咲いたかもしれません。

ダイコン  長い根

漬物用として8月13日にダイコンのタネをまきました。 1ヵ所に4~5粒タネをまいて、8月20日頃?(本葉で出てきた頃)に一度間引きして良い2株を残しました。 その後葉の枚数も増えて7~8枚程になった(参考書では3~4枚になる頃に再度間引きして1本にすると記載)ので1株にしました。 その時に撮ったのが下の写真。

地上部の葉は10cm程度ですが、根(直根)は19cmまで地中深く伸びています。 写真の根の先は途中で切れているので、実際はもっと深く、25cm以上はあると思います。 ダイコンは根を食べるので根が地中深く伸びるのは当然なのですが、苗の段階で30cm近くまで伸びるのは少々驚きです。
(背景の黒マットのマス目は1cm)

ダイコンの根は、土壌環境が良いと生育末期には主根で180~200cm、側根で60~100cmに達する(㈱秀農業経営コンサルタント 技術情報)のだそうです。 これにはびっくりしました。

ダイコンは2年草なので、もし、今年タネをまいたダイコンを秋に収穫しないでそのまま冬越しさせると太った根はさらに太り、春に花を咲かせ、タネを付けます。 そうするとそれらに養分をとられ、最後はダイコンもスカスカになって枯れてしまうのでしょう。

上述の生育末期には主根で180~200cm、側根で60~100cmに達すると記しましたが、これを我家のダイコンに当てはめると、それは花の咲く前の頃で、その時期が最もダイコンが太くなっている時期なのでしょう。 もし、我家の畑を2m掘り起こして土を十分に柔らかくして肥料もたっぷり与えれば、太さは30~40cm?、長さが2m近くのお化けダイコンが穫れるのでしょうかね?

 

 

 

ダイコン干し

2018.11.3
先週の土曜日、百合が原公園へ行く途中で見つけました。
この漬け物用のダイコンを干す姿を見るのは久しぶりです。 なにか懐かしいものに出会った気分になりました。 それほどにこの光景を見るのは久しぶりのように思います。

20~30年前までは我家の周辺でも、ベランダの手すりや物干し 竿に吊るす姿を見かけたものです。 スーパーの店先に泥付きのダイコンや袋詰めのダイコンがうず高く積まれていたのを憶えています。 しかし、いまではその量もぐんと減っているというか、ほとんど見かけなくなりました。

我家の名シェフが、12月からお正月にかけて食べる漬物、ダイコンのビール漬けを少量ですが毎年作っています。 作りかけの頃は、写真のようにダイコンを物干し竿に吊るしていたのですが、かなり前から2階のべランダに並べて干しています。 1本が1kg以上あるダイコンを数本1組にして紐で括って吊るすとなると、少量であるにせよ女性、特に60代を過ぎた女性には相当重い物になるようです。 そんなことも重なってか、今ではこの初冬の風物詩をほとんど見かけなくなりました。

 

 

 

ダイコン

宗次郎に
おかねが泣きて口説き居り
大根の花白きゆうぐれ
夫の宗次郎に女房のおかねが泣きながらよく生活の苦しさを訴えていた。大根の花が白く咲いている故郷の夕暮れよ。 モデルは渋民の農業沼田惣次郎夫婦で、通称おかねさんと呼ばれた女房のイチが酒飲みの夫をつかまえて泣きながら処世の苦しみを訴えていたある日の光景を歌ったもの。(「石川啄木必携」 岩城之徳・編)

貧しい農村の哀愁を歌ったものでしょうか。
1~2年生草本で花茎は60~100cmくらい、長楕円形のがく片と、卵形の花弁がそれぞれ4枚の、典型的なアブラナ科(十字架)の花です。 花色は白、まれに黄色や紫混じりのものがあります。
2018.9.1      写真はミニダイコンの花
原産地には諸説がありますが、ダイコン属の野生種は地中海沿岸に多く、栽培の起源はエジプトと言われています。学者の考証によると、シルクロードを経て中国には2,400年前、わが国には1,200年前に渡来したとされ、かなり古い時代に分布を完了したことから、形態の変化が非常に大きい作物です。

<世界一のダイコン国日本>
於朋 禰(おほね)、須々志呂(すずしろ)などとも呼ばれ、これほど四季を通じて米食と密着した野菜は数多くありません。 獅子文六は『食味歳時記』、に

ダイコンなんて、明日からなくなってもいいという、若い人は多いだろうが、・・・・・ 大根ほど、日本的な味わいを持っている野菜は、少ないのである。  そして日本ほど、ダイコンの食べ方の研究が進んだ国もないのである。

と書いています。 明治38年に農林統計が始まって以来、常に作付面積の王座を譲らないのがダイコン。汁の実、煮食はいうに及ばす、おろし、なます、切り干し、そしておでんには欠かせないもの。 漬物には万能選手。なかでも有名なのはたくあん漬けで、臨済宗の高僧沢庵が始祖として知られていますが、定かではなく、“ 蓄え漬け ” が転じたものともいわれています。

<ダイコン仲間の変わりだね>
変異が起きやすく風土によく馴染むので、特色のある地方種が沢山できました。 三浦、練馬、聖護院、阿波、美濃など、地方に由来するものだけでも枚挙にいとまないほどです。
世界でも一番長いといわれる守口大根は、長さ120cmに及ぶものがあるそうで、長良川や木曽川の流域に堆積された肥沃な砂質土に限られて生産されています。 直径3~4cmで細く、辛みが強いことから生食には不向きで、もっぱら守口漬けとして愛好され、土産品として有名です。
世界一ジャンボなのは桜島大根。 40kgを超えるものもあって、一番小さな二十日大根に比べると300~400倍もあるという代物。 生育期間も長く、6~8ヵ月もかかるそうです。 冬暖かく、噴火で堆積した軟石層という環境でよく肥大します。

<冬来たりなば漬物で>
かつて、札幌では、新琴似がダイコンの名産地。 霜置くころ、ダイコンを満載した馬車が街を往来した風景は、昭和30年代まで見られた、冬近い北の街の風物詩でもありました。 そして、葉も干したり漬けたりして、厳しい冬の生活に懸命に備えたものです。
世は移り食生活も変わりました。 そして今、日本最大で最長の不景気を迎えています。 冬の食生活、昔の人たちの方が賢かったような気もしますね。
(札幌市農業センター 林 繁)

<余談>
我家ではダイコンのビール漬けを毎年ほんの少し作っています。 かれこれ30年近くになります。 お盆の頃にタネをまいて11月上旬に収穫します。 タネをまいてから約80~85日で収穫です。 それを1週間~10日程天日干しにします。 10月中旬過ぎ頃から、我家の周りでも個人の庭先にこれを見かけることが出来ました。 しかし、10年程前から、この天日干しの姿が見られなくなったと感じていたのですが、最近では、スーパーや食品店の店先にも10本入りの袋詰め漬け物用ダイコンを見かけなくなりました。 泥の付いたダイコンなどはほとんど見かけません。 以前は店先に山のように積み上げられていたのですが、それがなくなってしましまた。

私は昭和20~24年生まれの団塊世代後の生まれなのですが、団塊世代と私の世代も含めて現在65才以上の人々は、子供たちは親元を離れて独立して家に残っているのは老夫婦二人だけになっている世帯が多いのではないでしょうか。 お漬物を大量に作る必要もなくなってきたのでしょう。 スーパーに行けば多種多様な漬け物が袋入りで売っているので、敢えて手間暇かけて漬け物を作る必要性、動機が薄れてきているのです。 親元を離れた子供たちも、それは懐かしい味でお母さんが作ってくれるなら食べるけれど、お母さんに教えてもらって再度作ろうという気持ちはさらさらなさそうです。
30~40年前は街のあちこちでダイコンの天日干しを見かけました。 現在はその姿を見かけることはなかなか難しくなっています。 昔ながらの初冬の風景が一つ消えていきます。