ビワ 収穫

豊平公園緑のセンターの相談で、
「鉢に植えてあるビワを植え替えたいが、いつ頃が良いか?」
という質問を受けました。
その質問者は、1.5m?の大きさになるビワを育てていて、今春、ビワを10個ほど収穫したとのこと。美味しく頂いたことを楽しそうに話されていました。
植替えについては、
「 ビワを3月中に食べられたようなので、植替えは、収穫後の、札幌でも暖かくなるこれからが適期です。」
と答えました。

ビワについては、5年前に以下のブログを投稿しています。

ビワ  開花

2021.11.6
先日、東京に立ち寄ったついでに新宿御苑に行って、そこで撮ったビワの樹。樹高は4m強?、ウェキペディアでは5~10m、NHK趣味の園芸では2~5mと書かれているので、写真のビワは成木に近いと言っていいのではないでしょうか
 2021.11.16
写真の中央にビワの花が咲いています。 その左右全面に奥の濃緑の葉と違う薄緑色の葉が見えます。最近芽出しした若葉のようにも見えます。 調べてみると、多くのwebページに、ビワは春・夏・秋と3回し伸長すると書かれています。ので、写真の若葉も秋に芽出しした葉なのでしょうか。
 2021.11.16
ビワは11月~翌年の1月にかけて温度の低い時期にゆっくりと開花していくようです。 花は良い香りがするそうですが、残念ながら、今回はその香りを嗅ぐことはできませんでした。
ビワの花は一見するとあまり目立たず寂しい印象ですが、暖かそうな綿毛に包まれた小さな花には風情があります。12月頃から枝の先に白色五弁の小花をたくさん付け、花の色が白から黄みを帯びてくるにしたがって、香りが徐々に強くなってきます。

<余談>
地球の北半球に育つ樹木のほとんど?は春から夏にかけて花を咲かせ、その年の秋にに実を生らせます。 わざわざ寒くなる冬に向かって花を咲かせ、その翌年に実を生らせる樹木は、珍しい部類に入ると思うのです。 日本では、サザンカ、チャの部類でしょうか。 しかし、東京よりもっともっと寒い札幌でも、ビワと同じ生活史を持つ樹木があるのです。
 2011.11.4
それはアメリカマンサクです。 日本に自生するマンサクは札幌では4月に花を咲かせるのですが、webページで検索すると、本州ではアメリカマンサクはマンサクと同じ時期の2〜3月に咲くらしいのです。 しかし、札幌では原生地の北アメリカと同じ秋です。

⇒ アメリカマンサク:2年越しの結実

 

本州では、ビワは10~11月に花を咲かせ、翌春の5~6月に果実を生らせます。札幌の屋外では冬を越せないので、鉢の栽培になります。特に、晩秋に開花、冬期間に果実が大きくなり、翌春に収穫というパターンは、札幌の冬期間の室内の環境(室内は15~25℃前後の気温があって、温度的にはビワにとって問題はないのですが、札幌の冬はどんよりした空と雪の日が多く、日照時間が極めて少ない)を考えると、果実は成らないか、若しくは小さな実で、成ってもスーパーで買うような鮮やかなビワ色した果実が穫れるとは思ってもいなかったのです。
ところが、相談者は
「きれいなビワ色の実を美味しく頂きました」
と楽しそうに仰るのです。

🔵 それでは、なぜ札幌の室内で美味しい実がとれたのか?

札幌で、暖地性の果樹、例えば、ミカンやアボカドなどを収穫して美味しく食べたという話は聞いたことがありません 。 アボガドは、豊平公園緑のセンター展示温室という条件の良い場所でも、花は咲くが実は成らないのです。
それは、両者とも年間を通して太陽の強い光を要求する植物だからです。ミカンは光要求度が非常に強く、糖度・品質に直結します。 日本のミカン産地を見渡しても、冬でも毎日日照が得られて、日照時間は200時間/月で、静岡、和歌山、愛媛など関東以西の太平洋沿岸地域です。
一方、ビワが収穫できる我が故郷、福井県の若狭地方は、冬場の日照量は60~80時間/月で、太平洋沿岸地域の1/3少なさです。毎日どんよりとした曇りの日が多いのです。 札幌の冬場の天候も我が故郷と似たり寄ったりで、シベリアから吹き込む北風が強く曇天の日が多い日本海側特有の気象です。

ビワは陽樹?陰樹か?で分けると陽樹に属しますが、アボガドやミカンなどの柑橘類の光要求度ほど強くはなく、ある程度光があれば育つ、実をつけるようです。言い換えれば、光がたくさんあればより美味しい果実ができるが、ある程度の光でも、それほど強い光が無くても果実は育つのです。
ビワは、札幌のような北国でも、室内で春先に美味しい実が食べられる珍しい果樹のようです。

🔵 余計な話

ビワについては懐かしい思い出があります。
我が家では、お土産などを頂いたときは、必ず仏壇に供え、しばらく経ってからいただくのが決まりでした。 まだチョコレートやケーキなど美味しいお菓子が無かった頃、今から70年近く前、昭和20年代末から30年代初頭 、小学生1~3年の頃ので、学校から帰ってくると、
「今日は何かお供物があるのかな?」
と必ず仏壇を見るのがくせになっていました。
春、5月?のある日、仏壇を見ると黄色ものが供えられていました。
それがビワで分かると、母親にねだって食べることができました。
その当時、いただくビワの実は、現在スーパーで売っているような大きなものではなく、しかも果肉の割にタネが大きて食べるところが少なかったのです。あのビワ特有の素朴な甘さは、いまでも幼少期の懐かしい思い出の一つです。

 

 

堆肥(14) 植物の根と菌類の関係(その3)

今から5億年前弱(地球が誕生して41億年が経過)、ゼニゴケ様の植物が陸上に進出したとき、すでに陸上に進出していた菌類は菌糸で岩盤を溶かしながらその中に入り込み栄養素を取り出すことができていました。
一方、植物は仮根だけでは十分な栄養を吸収できず、菌類の菌糸が仮根に絡みついてリンなどの無機栄養を供給しました。 この原始的な菌根との共生こそが、陸上植物の生存と進化を可能にしたのです。植物が陸上に進出した当初から両者は共生関係にあったのです。言い換えれば、植物は菌類との共存無しにでは陸上への進出はできなかったのです。
堆肥(13)植物の根と菌類の関係(その2)で記述したように、ゼニゴケ様植物の仮根はリンや窒素、微量要素を吸収する能力を持っているのですが、仮根だけでは栄養を取り込む力が弱かったので、菌類の菌糸が仮根の周囲に絡みつき、栄養を届けるという関係が自然に成立したのです。

🔵アーバスキュラー菌根菌(AM菌)

植物の根と最初に共存した菌がアーバスキュラー菌根菌と考えられています。菌類は菌糸を土壌中の微細な隙間に入り込ませ、植物の根の届かない何倍もの範囲から栄養を吸収することができるのですが、このアーバスキュラー菌根菌は、その菌糸を植物の根の細胞内に入れて、アーバスキュール(樹枝状構造)を作り、土壌中から吸収したリン酸などの栄養分を植物に渡します。一方、植物は光合成で作った糖を菌に渡すというお互いが利益を得る「相利共存」の関係にあったのです。

〇 それでは、植物と菌根菌はお互いにどれくらいの量、割合を物々交換いていたのか?

研究によれば、おおよそ、植物の光合成でつくられた有機物で4~20%を菌類が受け取っていて、反対に、植物が菌類から受け取るリン酸や微量要素などの栄養素、例えば最も量の多いリン酸では、植物が吸収するリン酸の50~90%をアーバスキュラー菌根菌が供給し、土壌がリン不足の場合はほぼ100%を菌が供給する例もあるそうです。

リン酸は土壌中の鉄(Fe)やアルミニウム(Al)といった金属イオンと結びついて、水に溶けない化合物(リン酸塩)になって、植物はそれを根から 吸収できなくなります。 例えば、畑にリン酸を含む肥料をまくと多く(70~90%)は数日~数週間で不溶化(根が吸収できなくなる)してしまいます。その意味で、植物にとってアーバスキュラー菌根菌は、切っても切れない大きな役割を果たしている存在だといえます。

 

 

クンシラン 花茎が伸びない

少し時期が過ぎているのですが、クンシランの話です。

下の写真は豊平公園緑のセンター展示温室のクンシランです。 朱色の花を咲かせているクンシランが、白い大きな鉢の間に2鉢、黒と白の鉢の間に2鉢あります。
4鉢とも葉の間から花茎がすんなりと上がり、バランスよく端正な姿で花を咲かせています。
2026.2.26 2026.2.9
これは、我家のクンシラン。ダルマ系クンシラン。5~6年?前に購入。 毎年2月下旬から葉の間からつぼみを出して花を咲かせます。
しかし、豊平公園緑のセンターのシクラメンのように花茎がすんなり伸びて端正な姿で花を咲かせないのです。毎年、写真のように花茎は葉の合わせ目までしか伸びず、ずんぐりむっくりな姿で花を咲かせます。

ダルマ系クンシランは葉が短く幅広で、株全体が締まった姿になるのが特徴で、このため葉の重なりが密になり、花茎が葉の間を抜けにくく、花茎が上がらない傾向があると言われています。
しかし、クンシランの花茎がすんなりと伸びない主要因は、クンシランの花芽ができる時期(秋~冬)に低温が必要で、最低気温5~10℃に60日間合わせる必要があります。 札幌では9月~11上旬まで約2カ月 間外に出してしっかり低温に当てること、極端な言い方をすると、霜に当てて葉が痛むくらい外に置いておくと、しっかり花茎が伸びると言われています。

🔵 それでは、我家のクンシランはどのような環境(置き場所) で育てられていたか?

夏の間、鉢花を屋外で育てると葉にアブラムシやカイガラムシ、鉢土にコバエの幼虫(鉢土の表面に卵を産み付ける)やナメクジが侵入するので、1年を通して室内で育てています。置き場所が南向きの部屋なので、日光不足になることはなく、室内温度も 冬場(11月下旬~3月上旬)は12℃~16℃くらいの範囲の環境条件で育てています。
おそらく、秋から冬にかけての室内温度12~16℃が花茎をすんなりと伸びさせない原因のようです。最低温度が10℃以上の部屋に置いておくと、低温処理不足になるようです。
自分としては、屋外で管理して虫がつくより、とりあえず、ずんぐりむっくりでもいいので花を咲かせてくれたら、「良し」と思っています。

🔵 補足
クンシランの花が咲かない、若しくは、花茎が長く伸びない原因は、秋口の低温以外に肥料のやりすぎや日光不足もあるので、注意が必要です。

🔵 クンシラン(Clivia.miniata)の自生地はどのような気候・環境なのか?

クンシランの自生地は南アフリカで、もっと正確に言うと、南アフリカ共和国の東海岸で、場所的には森林地帯の半日蔭に生息しています。この地域、特に海岸線沿いは亜熱帯に属し、冬でも12~15℃程度と温暖・湿潤な気候で、
・夏季に雨が多く(南半球の夏11~3月に80~150mm/月の降雨)
・冬季は乾燥(5~9月;10~30mm/月)
クンシランが自生している地域の年間降雨量は600~1200mm。 札幌は年間降雨量が1100~1200mmなので、クンシランの自生地は札幌より幾分少ないというところでしょうか。

以上がクンシランの自生地の環境ですが、クンシランの花芽形成には最低気温が10℃以下で約2カ月の期間が必要です。
なので、クンシランの自生地をより正確に言うと、冬場の気温が12~15℃の海岸線沿いではなく、内陸の少し標高の高い場所、もう少し冷える、最低気温が10℃を切る森林地帯に生育しているのではないでしょうか。

 

 

堆肥(13) 植物の根と菌類の関係(その2)

植物と菌類は、どのようして共生関係を持つようになったか?

🔵 地球の誕生から植物が陸上に進出するまで

地球の誕生は、46億年前に超新星の爆発がきっかけで太陽系の形成が始まり、それから1,000~3,000万年の時間をかけて現在の地球の大きさになったようです。 その頃の地球は火の玉で、それがゆっくり冷えていって水蒸気ができ雨となり海ができます。海ができるまで1~2億年かかったと考えられています。
その海に原始生物が誕生し、次に有機物を生成する生物、つまり、光合成を行う生物(シナノバクテリア)が現われます。その生物は有機物をつくる過程で酸素を出します。 それが海に供給され、海が酸素を持ち切れなくってやっと海の外に出てきます。 そして、大気になるのですが、その密度になるまでの時間の長さはおおよそ30億年。 現在からすると約16億年前に現在私たちが吸っている空気、大気が出来上がったことになります。
地球が誕生してから30億年という途方もない年月をかけて陸上に生物が進出できる環境が整ったのです。植物が実際に陸上に進出したのはそれから11億年の年月を要します。現在から約5億年弱前です。地球誕生から約41億年が経っています。

🔵 最初に陸上に進出したのはどんな生物だったか?

生物が陸上に進出し始めたころ、海の中では三葉虫やオウムガイが生息し、コンブなどの藻類が繁茂していました。海の中はすでに生物で溢れて?いたのです。
一方、陸地は植物が存在しないので有機物などはなく、岩石の塊がごろごろしている火星や月のような状態だったのでしょう。 しかし、波打ち際など海岸線では海中で繁茂していた微生物の遺骸が岩の表面にマット状にあり、また、海中で育っていたコンブなどの海藻類や魚類等の死体が打ち上げられて有機物が存在していたのです。
実は、植物が陸上に進出する数千万年前には、菌類が陸上に進出していたと考えられています。菌類は細い菌糸を伸ばして岩石を酸で溶かしてミネラルを吸収する能力を持っていましたが、自らエネルギー(糖)を作り出す光合成はできませんでした。

🔵 それでは菌類はどのようにして生き延びていたのか?

菌類が陸上に進出したときには、既に海中には細菌や菌類などの微生物が大量に存在し、海藻類や三葉虫などの節足動物もいました。それらの遺体や残骸が波打ち際に打ち上げられ、特に微生物の遺骸が海岸などの水際や岩などにへばり?ついていて、菌類はそれを分解してエネルギーを得ていたようです。

植物が陸上に進出する時点で、海には既に大量の生物が存在し、海岸線にはそれらの遺骸が岩などにへばりつき、菌類はそれらをエサに繁殖していたのです。
このような条件の中で、植物が陸上に進出する形態がどのようなものであったのか?、現在最も有力な説は、地衣類が陸上に進出したのではないかと考えられています。

🔵 地衣類とは一体どんな植物なのか?

菌類が藻類(またはシアノバクテリア)を体内に住まわせてできた「二者一体の共生体」で、菌類が体の形をつくり、一方、藻類が光合成で糖を合成し菌類に提供していました。
2015.4.8
アオダモの樹皮についている白や灰色の模様が地衣類と思われるもの。 AIにこの写真を添付して尋ねると、地衣類と回答。

地衣類は植物の祖先ではないのですが、陸上生態系のごく初期に出現した 重要な生物のひとつです。菌類と藻類が共生することで乾燥に強く、 栄養の乏しい岩肌でも生育できたため、岩石の風化や初期の土壌形成に 大きく貢献しました。 このような地衣類や菌類の活動によって陸上環境が整えられたことが、 後に植物が陸上へ進出するための重要な土台となったのです。

🔵 陸上に最初に進出した植物

最初に陸上に進出した植物は、少しじめじめした日陰に育つゼニゴケのような形状したコケの仲間だったようです。
植物が陸上に進出した頃(今から約5億年弱前)には、既に菌類や地衣類が陸上に進出していました。
海に生息するコンブやワカメは海水で生きていけますが、陸上の植物は真水が必要です。しかし、内陸には海のように有機物はほとんどなく無味乾燥な石の世界です。
しかし、ゼニゴケに似たコケ類は、菌類や地衣類が増殖することによって有機物が堆積した場所、河川の岩場・河原や湧水の傍など常に水分があって湿気っている場所、そんな場所で生き延びていたのです。

植物が陸上に進出したときには、海には既に菌類、一時的に海水に浸かるような海岸には地衣類が生息していました。 しかし、陸上に上がるには、塩分を含んだ海水ではなく真水が必須です。両者は陸上に上がる前に海水から真水に適応する必要があったのです。 その場所は、川が海に注ぐ河口付近や湖でした。そのような汽水域で徐々に真水に適応していったのです。

ゼニゴケに似たコケ類は、自身を体を定着・支えるために仮根を出し、その仮根は栄養源を吸収できないと言われていたのですが、最近の研究で、リン酸を始めとする栄養源を吸収できることが判ってきました。 なので、ゼニゴケ様コケ類は仮根を含めた体全体で栄養を吸収していたようです。

そして、ゼニゴケ様の初期陸上植物=コケ類は、すでに陸上にいた菌類と共生し、リン酸などの栄養吸収を助けてもらうこと、言い換えれば、菌糸が植物の根の役割を果たすことで陸上生活が可能になったのです。

🔵 最初に陸上に進出した植物と共生した菌はアーバスキュラー菌根菌(AM菌)。

 

堆肥(12) 植物の根と菌類の関係(その1)

植物は光合成で有機物をつくり、それを使って自分の体を大きくしています。一方、菌類は植物がつくった有機物を利用して菌糸の増殖とそれの維持をしています。樹木がボロボロになるということは、物が腐る、分解するということで、菌類が有機物(樹木)を分解して、その中の栄養を利用していることです。馬や牛が草(植物)をエサにして生きているのと同じ関係にあります。
これは、与える側(植物)と搾取する側(動物)の関係ですが、植物と菌類の関係はそれ以外の側面も持っています。 それは「共生」の関係です。 菌類は有機物を分解するだけではなく、植物に土壌から取り込んだ栄養を植物に供給し、反対に植物からも必要な栄養をもらっています。

植物と菌類の関係を大まかにまとめると以下のようになります。
① 枯死した植物を分解し、そこから栄養分を得る菌類(腐生菌)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・70~80%
② 生きた植物と共生する菌(共生菌;相互に栄養交換を行う)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10~20%
③ 生きている植物に侵入して栄養分を得ることで、植物を病気又は枯死させる菌(うどんこ病やえき病菌)・・・・5~10%

植物に悪さをする菌類はごく僅か(5~10%)で、その他多くの菌類は枯死した植物を分解して自分の栄養にしています。その割合は菌類全体の70~80%です。残りの10~20%の菌類が植物と相互に栄養を交換する共生の関係にあるのです。ちなみに、地球上に存在する菌類の種類は約15万種といわれています。これは正式に名前がついているもの、ちゃんと学名があるものです。推定では、まだ知られていないものがおおよそ300万種あるといわれています。

次回からは、
・植物と菌類がどのようして共生関係を持つようになったのか?
・共生菌にはどのような種類があるのか?
・植物と菌類は具体的にどのように共生しているのか?
などを調べてみたいと思っています。