サイクリング

9月2日(日曜日)は久しぶりの好天に恵まれたので、札幌郊外をサイクリングしてきました。
コースは我家(南区)から豊平川のサイクリングロードをひたすらに走行。 石狩川河口近くに架かる鉄橋、石狩川橋梁を横切って国道337号に。 ここまでで自宅から約35km。 国道337号を西(小樽方面)に向かって走り、創生川通とぶつかる地点で国道231号に切り替わり、それをさらに走り、石狩川の河口先端にある、はまなすの丘公園へ。 自宅から約55km。 帰路は、石狩浜沿いの通りを走り、再度国道337に号に出て、前田森林公園へ。 自宅から約75km。 新川通を通って自宅に。
朝8時半に出発、午後1時半に前田森林公園で昼食。 帰宅は4時半。 総走行距離約100km。 昼食・休憩を含めて、自転車の時速は12.5km。

以下の写真は、コース順に撮ったもの。
ミュンヘン大橋下流左岸から札幌中心部を撮影。

都心部を超えて、北13条大橋上流左岸から都心部を撮影。 山の稜線、写真右側の二股で高くなっている左側の山が手稲山。 その少し手前左側にある白くて細長い高い建物は、札幌駅前のJRタワー。

石狩川の堤内(水が流れている部分)。 手前の芝生は傾斜の緩やかな築堤。

石狩川に架かる鉄橋、石狩川橋梁。 北海道で一番長い鉄橋。

国道337号の生振(おやふる)大橋から茨戸川を撮る。 向こう正面中央、山の稜線で尖った山は手稲山。
茨戸川は、治水のため石狩川から切り離された旧川(現在は三日月湖)。
札幌市と石狩市の境界付近、国道337号沿い。 秋まき小麦が7月末頃に収穫された後の耕起。 秋まき小麦のタネをまく時期は9月中旬なので、その準備なのでしょうか? それとも、このまま冬を越すのでしょうか?
三角形の白い橋は、花畔(ばんなぐろ)大橋。 手前の黄緑色の作物はお米。 今ではほとんど見かけない水田が残っていました。
国道337号沿いの農地は、昭和40年代、今から50年程前までは、写真のような水田が広がっていたのではないでしょうか? この国道沿いを走ると、草地の中に雑木が生えている場所、昔水田であったであろう場所をよく見かけます。
石狩川放水路。
写真奥が石狩湾。 この橋(国道231号)の反対側100m程先で茨戸川につながています。
昭和56年(1981年)夏、今から37年前、北海道に大雨が降り道央の石狩川周辺地域は大洪水に見舞われました。 この洪水で札幌市北区屯田3番通以北は湖となってしまい、この地域の人々に大きな被害を与えました。 その解決策の一つとして、石狩川の水を早く海に流出させるために作られたのが、この放水路です。
前述の石狩川の流路変更(茨戸川=石狩川の旧川)もやはり大洪水が原因です。 まがりくねった石狩川を直線で結びました。それが今の石狩川です。
石狩川河口先端に位置する「はななすの丘公園」。 その公園内にある石狩灯台。 公園内を走る木道。 写真右、茶色の建物はビジターセンター。
1957年、今から61年前の封切映画「喜びも悲しみも幾歳月」の撮影場所の一つとなった石狩灯台。 時期は先の戦争(太平洋戦争)前後で、灯台守とその妻の苦労話。

小学生の時にこの映画を見ていて、内容は全く記憶にないのですが、画面が暗く激しい波の音だけが頭の片隅に残っています。 そして、印象に残るメロディなのか、若山彰の声が良かったのか、その歌詞はいまだに憶えています。

俺ら岬の灯台守は
妻と二人で沖ゆく船の
無事を祈って灯をかざす
灯をかざす


はまなす公園に生えているハマナス。 普段公園などで見るハマナスと全く違う形状。 草丈は20cm前後で地面を這っている。 これらハマナスは地下茎でつながっているそうで、この地帯の砂の移動による地形の変化にも素早く対応するためでしょうか?。

番屋の湯から海岸沿いの道路を西に向かって行くと、写真の光景が広がっています。 一面がススキが原。 これが道路沿い数kmに渡って続いています。


前田森林公園のカナール 全長約600m。 両サイドの樹木はポプラ(クロポプラ)

写真右側にカナール